昭和43年12月23日 月次祭
月次祭と致しましては、本年最後のお月次祭を奉仕さして頂いた。まあ皆さん共々に頂いた訳でございます。何でもこの締めくくりが大事だと。締めくくりというのは、ちょうど最後の仕上げ、言うならばお料理を作るのに、最後のサジ加減ひとつで、その料理がおいしかった、美味しくなかったと決まるようなもの。そのように大事なもの。一年の信心を顧みまして、様々なおかげを頂いてまいりました。
また様々に信心の稽古をさして頂きましたね。それがこの後残された一週間余りの、例えば信心で、「今年は有り難いお年であった」「今年は、ほんとにおかげを頂いて有り難かった」というようなお年にするもしないも、ここ一週間に、まあ言わば、懸けらておるように思うのですね。それはもう結果が出ておると言った様な事は別ですけれどもね、日頃目の詰まった信心をしておる人はまた別ですけれども、振り返ってみますとあれも足りなかった、これもまずいことであったと言う事が多いのでございます。
そこで本月の始めに、私はこの一月なら一月をお詫びの月として、心からお詫びをさしてもろうて、許されたと言う様な心持で新しい年を迎えたいと、皆さんに申しましたですね。どうでしょうか。もう許されたというような気持ちで、いつでも正月が迎えられると言うおかげを頂いておる人は別ですけれどもね。例えばそれであっても、もっともっといよいよ良いお年。
良い有り難いお年であったと言う事の為に、ひとつこれからの一週間を本気で、目の詰まった信心に取り組みね、まあ徹した信心生活をさして頂きたいと思うのでございます。先ほどお祭り前に皆さんが、今日の夜須教会でございました信徒幹部の信心研修会に出席された方達が、秋永先生と久富勇さんが模様を発表されました。もうお話を頂けば頂くほど、またはそういう会合に臨めば臨んで、いよいよ実感させられる事は、いかに現在の合楽と言うか、または現在の金光教と言うかね。
が合楽の信心というものがどの位に皆に、注目を持って見られておるかと。注目されておるかとね。秋永先生はそれを檜舞台に立っておるようなものだ、とこう言うております。いわゆる全教のお道にいよいよ関心を持っておる人達が、いよいよ合楽に信心を焦点を置いておる。先日もちょうど御本部の報徳祭を終わらせて頂きましたその翌日でした。神戸の鶴見教会の先生がお見えられました。大変有名な病院を二つ持っておられます。経営をもう看護婦、医者から全てがお道の信者であると言う事で有名な。
ところがもう教会長である先生が、もう八十何歳になられますので、自分がまあ教会長としておかげを頂かなん、現在は副教会長である。それでほんとに生き生きとして人が助かっておる教会を巡拝したい、という願いを立てられておられた。で九州にも行きたいが、どこそこに行ってもしかたがないから、本部で幾人もの人に「今九州で、ごひれいを頂いておる、人が助かっておると言う様な教会はどこですか」と五人の人に聞きましたが、五人が五人口を揃えて合楽だと言うたね。
それでまあ実は今日は飛行機で飛んでまいりました、とこう言うわけである。もちろんここのお広前の、いわゆる活動状況と言うのを生に接しられて、まあたいへん、感銘を深くして帰られたようでございました。でその時にも、先生が申しておられましたが。現在の教団ではですね、例えばそういう生き生きとして、ごひれいを頂いておると言うか、助かっておると言う様な教会が、まああちらこちらにもあるけれども、それがどう言う様なところから、そういう生き生きとした働きが生まれておるのか。
どうしてそういう助かりになって行きよるのかと言う事を追求しない。そしてただ自分達の言うておる事だけを押し付けようとするね。自分達が言うておること、その言うておることによっておかげを受けておればいいけれどもね。実を言うたら、おかげを受けられてもいないその事をです、やはり教団全体に押し付けておる、と言う様な感がある。もう手っ取り早い話がおかげを受けておるなら、どこにそのおかげの原因があるか、ということを追求しようとしない。
と言う様なこれはまあ言うならば、教団のひとつの教団の働きに対する、動きに対する、まあ言うなら不満なんです。今日も秋永先生が言うておりましたがね。今朝の御理解の中に「おかげは和賀心にあり」と仰せられるね。信心が分からなければ、信心が分からなければと言うて来たがです、本当言うたらおかげは和賀心にあるのであるから、おかげがまず正面だとね。神様へ正面切って向かう事は願いなのだね。正面切って見らない横から見たり後ろから見たりするから、この行き方の信心がほんとに分からないのだ。
金光教でお互いが頂いておる神様がどのような神様であるかすらが分からないのだね。例えばここになら「月桂冠」と言うお酒が瓶詰めがあるとする。真正面から見れば間違いなしに「月桂冠」と見えるんだけれどもね、横から見たんでは、例えば木偏のこうはねたところだけしか分からない。こちらから見りゃ、土二つ書いてあるから、土二つのところだけしか分からない。それをもって「金光様のご信心だ」「いいやこれが本当だ」というふうに討論しておるような状態。真正面から向かわなければいけない。
真正面から向かうと言う事はどう言う事か。私共はいかにも金光様の信心、生神金光大神と唱えておるから、真正面から向こうておるようであるけれども、実を言うたら真正面から向かってないじゃないかね。その金光様のご信心の真正面がどこかと言うたら、おかげなんです。「信心しておかげを受けてくれよ」と仰るおかげなんです。と、今朝御理解に頂いたというところからもう、まあ轟々たるまあ言うならば批難。批難と言うかね。「そげな事じゃなか」ちゅうた。「おかげじゃなか。
やっぱ信心だ」と、ならそこまで、そこまでならば、確かに、なるほど信心が先だけれども、信心だ信心だと言うておるところに、それは美しい事に終わってしもうてです。本当の助かりがないのだ。なるほど信心が分かりさえすりゃおかげ頂く事は分かっとるけれども、その信心に迫力が出ないおかげ。おかげが正面おかげは。それで秋永先生が「天地書附」を見ても分かるじゃないかね。和賀心におかげがあると書いちゃないじゃないか。「おかげは和賀心にあり」とはっきりおかげを先に言うてあるじゃないか。
そう言やそうだ。そして考えれば考えるほど、合楽が言うたことは素晴らしいことだ、と言う事に、まあなったと言う事ですけれどもね。「けれども秋永さん、あんたのような言い方をするとね、この人達がそげな真似をする。おかげんとこだけば聞いてから信心はせん。だからそげなこと言うてくれちゃでけん」と言う意味のことを久富さんが言われたっち。またほんとにね、おかげば先に出してからおかげば先にやりきる教会は、ここんにきゃどうこんなかち。
まあ言うなら合楽だけじゃろうと、そう皆の前で言われたそうです。おかげを渡しきるというのは、おかげをおかげと言うてそのおかげを渡しきるのは、合楽、より他にはなかってこの辺では。だからそれは合楽だけのものであって、他所の者にそう言う事言うてもろちゃいけんと言われたね。けれども秋永先生いわく、言おうとするところは、おかげが正面なんだけれど、正面きっておかげを願うね。
けどもそのおかげは、和賀心にあると仰せられるから、その和賀心になる為には、お道の信心の教えの全てがあるのだね。この辺に入ってくる。最後の結論的な事の中にです、私どもの信心というものがね。私がその事を今朝お話したんです私ね、信心を正面からぶつかれ、横からぶつかったんじゃダメだ。正面からとはどう言う事かね。神様その事を私お願いさして頂きよったら、久富繁雄さんの奥さんである、久富日佐子さん。久富ひは日輪の「日」が書いてある。さは人偏に左が書いてある。
久富日佐子さんが「先生、とんでもない事が起こりました」ね。「どうぞ助けて下さい」いや「先生、のっぴきならない事が起こりました」ちゅうたんですね。「先生、のっぴきならない事が起こりました。助けて下さい」と言うて、お取次ぎを願われておる姿を頂いたね。そこで私は思うた。「今月今日で一心に頼めい、おかげは和賀心にあり」ね。今月今日で頼めい。今月今日で頼むと言う事ね。それを私どもが、「先生のっぴきならない事が起こりました。もう私ではどにも出来ません
。神様どうぞ助けて下さい」と神様の前に無条件降伏した姿なのだ。「いろいろやってみましたけれど、もういけません。もういよいよのっぴきならない事でございますから、神様のお助けを頂くより他にはございません」と言うて、お取次ぎを願う気持ちがね。言わば日々であれということですよ「日佐子」はね。これからこれまでのことは自分でできると。そんなもんじゃない。もういつもがですね、いつもがのっぴきならないところに立っておるような実感を持ってですね。
「どうぞ神様助けて下さい」と言うて無条件降伏をするから、神様がね「んなら右を向け、左を向け」と言うて教えて下さるのだね。そこにどうぞ助けて下さいというおかげが先であって、そのおかげが受けられるそこにはです、私ども神様任せにならせて頂いて、どういうことになるかと言うと。期せずして生まれて来るのが「和賀心」である。和らぎ賀ぶ心なのである。て言うような結論的なことに入って行くとですたい、もういよいよ例えばね、まあ平田さん以下、他に何人か分かった人があるでしょうか。
分からないおそらく分かっていないだろうと思うけれども、平田さんはほんと言うたら、始めからこう言わば、そんな事は間違いというふうに言うたけれども。ほんな事は秋永さん、それがほんな事じゃんのそりばってん。それを今ここで言うてもろたんじゃ、おかげを渡しきる教会がおらんから、それを言うてもらっちゃいけん。おかげば先に言うてもろたらいけん。やっぱ今まで何十年間言い続けて来た、信心が先だ信心が先だ信心をまず分からなきゃ、ということになる。ね。
だから、それでいけないじゃないほんとに信心を分かろうと努めるのならば。けれども私どもはです悲しいかな。痛いがあり痒いがあり苦しいことがあるね。その事を言わずに信心を分かれと言ったって無理なんだ。痛いなら痛い、痒いなら痒いと実感的にですね、痛いからこそお参りしておるんだね。苦しいからこそ参っているんだ。ここに迫力が出てこない。そこに正面切って神様にぶつかるところの信心をさしてもらうところから、ほんとの神様が正面から、こういう神様であると言う事が分かるね。
「天地は神の懐だ」ね。詩にございますね。お道皆さんがうたう。天地は神の懐なんだ。それを理屈の上で聞けば聞くほどです分かるんだ。天地が神の懐である事が分かるのだけれどもね、それを実感としてんならちょうどね、子供がほんとの母親に抱きかかえられておる、と言った様な実感と言うものが湧かないじゃないか。ここが実を言うたら分かっただけでも助かっておる姿なんだね。母親に抱きかかえられておる赤ん坊の姿。もう安心し切って抱かれておるけれども、安心がないところを見るとね。
こうやって抱いておるけれども、人間の子抱いておると、まあ木の丸太どん抱いとるごたるようなふうにして抱いてある。ぐらいなふうにしか感じてない。これとこれを。分かってる。神様に抱かれておるということは、理屈の上では分かっておるけれども、ほんとにですね、こう温かみと温かみが、こう通い合うようなものに感じ切っていないというところにです、いつまでも難儀を感ずるのだということね。それには神様が分からなければね、おかげを受けなければ神様が分からん
。神様が分からなければ、こういう神様の微妙な働きの中に、私どもがあるのであるからと言う実感がですね、神様のこのような中にどのような中にでも神様の御守護の中に、こうして抱きかかえられておると言う事がですね分かるね。まあ現在合楽ではそう言う様な事を、まあ皆さんに聞いてもらいね、私もそれをそれだと思うておるね。ですからそういう例えば信心がですね、お互いが本気でなされて行かなければならない。檜舞台に立っておると。ね。なるほどおかげを願うと言う事も強烈ね。
その代りに教えに取り組むこともまた強烈ね。和賀心にならなければおかげを受けられんのだ「おかげを下さい」ね。そこで教えられる。だからその教えを本気に忠実に行じなければ、和賀心が生まれないね。例えばまあ借金払いをしたい、けれどなかなかできん。けれどもその贅沢はするテレンパレンしておってから、今年はできんじゃったけん堪えて下さい。て言うったっちゃ堪えてやるにしても、堪えようが悪か。「あんたどんがごたるあんた、ぶらぶらしとってからあんた、借金払いができるもんか。
あんた達のような贅沢しとってからあんた、払われるはずはないじゃないか。ちっとしみじみと尻引っからげてね、借金払いの済むまではね、贅沢はせんぞというような意気込みがね、なからなければ借金払いはできんですよ」と言うて、断りに行ってから、文句の一つも言われるのがおちなのである。けれどもねその借金ば払う為に、一生懸命に努力しておるね。借金払いが済むまではと思うて一生懸命始末倹約しておる姿が、言わば相手に見える。あれだけ一生懸命になってあるとにでけんね。
けれどもそれは間違いでしょう。言うならば、許し良いでしょう。私はこの一週間をね、そういう一週間でありたいと思う。31日の除夜祭が、まあ最後のお祭り。最後のまあお詫びを取り仕えさせて頂くということになる。それまでまあ一週間あるね。その日にお詫びをすれば良いお詫びのお祭りだから、その日にお詫びをすれば良い。その日にお魚の一匹も御神酒の一本もお供えをしてから、「どうぞお許し下さい」と言や、それで済むというような安易なものではなくてです。
せめて一週間だけなりとも、一生懸命に努めるね。そして私は「これで済んだとは思いません」という私どものそうした信心をですね、もって一年中の締めくくり。そこに私は、まあ言うならば、気持ち良う許して頂けれる場が、生まれて来るとこう思うのです。ね。気持ち良くね、許されたという実感ですからね。そういう私は清々しいね、これでほんとに済んだとは思いませんけれども、これだけの事一生懸命しましたけれども、できませんでしたけれどもどうぞお許し下さいね。
そこに神様もそれをまあ、大目に見て下さると言うかね。まあお許しを下さる下さったんだなぁと言う、まあ言うなら体験ですね。許されたやはり実感を持って、新しい年を迎えたい。「日が暮れたら大晦日と思うて、夜が明けたら元日と思うて」とこう仰るね。もうその大晦日がです、もういよいよ一週間後に控えておるね。ですから今まではできなかったにしてもですね、後七日間くらいは、毎日を大晦日の気持ちで過ごさして頂こうと。そして払う。あるならば払うところに払おうね。
払えんところには心からお詫びをさしてもろうて、許して頂こうとね。そういう私は目の詰まった一週間でありたいと、私は願うておりますね。私共が大きい見地から申しますと。秋永先生が言われるようにね、合楽は今ね教団の中で、まあ皆が視線をこちらへ向けておる。合楽の信心を言うならば見守っておる。そのちょうど舞台を見て頂いておるようなものでありますから、そういう大きな意味合いにおいてでも、私どもが、まずおかげを受けなければならんね。
そのおかげを受ける姿勢と言うのはね、久富日佐子さんが「のっぴきならない事が起こりました。どうぞ助けて下さい」と言うておられるそういう実感を持って、ほんとに「障子一重がままならぬ人の身である」と言う自覚に立ってね、もう日々がですね、私ではどうにもできない、のっぴきならないところに立っておるんだ、という気持ちで神様にすがって行く。神様にすがって行くと言う事は、詫びて行くと言う事にもなるんです。願って行くと言う事にもなる。
願いまたはお詫び、またはいやび申さして頂いてですね、この一年間を締めくくりたい。その一年間の締めくくりの、この一週間の味の付け具合ひとつでね、「はあ、ほんとに今年は有り難いお年であった」と言う事になるか、「これはどうも( ? )なかった」とね。「これは塩が足らじゃった」と。「これはもう、まるきりザクザク煮で、こらいっちょんいかん」と言う様な一年であってはならない。ね。
その一年間の私どもの信心というものをです、それにいよいよ細かい味を付けさして頂く一週間。もう日々がとにかくいつもがそうですけれども、取り返しのつかない日々であるという、そういう実感を持ってです、この一週間を過ごさして頂きたいと思うのでございますね。皆さんもどうぞひとつ、そのくらいな気持ちでね、今年一年がですね、できんなりにもかくまでのおかげを頂いて、勿体無い事であったとこう言えれて、例えば31日にお礼参拝ができるようなね。
せめて皆さん、今からお繰り合わせを願われてね、31日の日はもう11時までも12時までも、ぎりぎりまでじゃなくてです、もうせめてですね、2時か3時までぐらいに、あれもこれも準備。もういつお正月が来ても良いと言うくらいな準備を整えて、「さあ、一家中で大祓のお祭りにおかげを頂くぞ」「一年中のお礼、またはお詫びのお祭りであるところの、除夜祭に出らせて頂こう」と言う様な、ひとつおかげを頂きたいものですね。それが、この一週間に懸けられておる。
私もその事を願う。皆さんが本気でその事を願われ、その事を詫びていかれるならばですね。曲がりなりにも今年も有り難いおかげであったなぁ、もったいないお年柄であったなぁというおかげにね、繋がって行くようなおかげを私は願わして頂くね。皆さんその時になって詫びたっちゃつまらんね。いわゆるごまかしじゃいかん。そういう気がいたします。先ほどマイクで皆さんに話しかけておりましたけれども、何かザワザワザワザワしてから、皆さん聞き取れなかった様な所があったようでしたが。
あの来年からここの機関紙であります根賀以が、年決めになると。だからどうぞよろしくお願いしますと言った様な事を、お願いしておった様でございますが。皆さんどうでございましたでしょうか。あの根賀以の内容と言うものを、皆さんが月々読まれて、どういうふうに頂いておられるであろうか。そしてあの新聞をどのようなふうに処置しておいでられておるであろうか。
昨日大阪の井上かつこさんからお手紙がまいりました。毎月あちらの泉尾の教会。ここはもう名実共に日本一の教会と言われておりますが、その教会に御縁を頂いて先生も直々に、まあどっちかっちゅうなら、強引な人ですからその、先生の所までわざわざ行ってから、先生にはなかなか面接できない。朝の御祈念だけで、やっぱ千人からお参りがあるそうですからね。それでもやっぱ、それこそ押しやりけやりしてから行きよるに違いない。しゃっちもっち先生にお会いしてから、その合楽の事を話すそうです。
そして「私の願いは、合楽の親先生と泉尾の先生が手を握り合って頂く事を夢にしておる」と言うてその、話しておるそうですね。始めの間は「何が九州辺りの田舎教会が何を言いよるか」と言った様なものを私も感じておった。あちらもそう感じたらしいんですけれどもですね。最近では「井上さんまだあの根賀以は来んか」と言うて催促されるそうです。いかにその合楽の信心関心を寄せていかれよるか、と言う事を感じます。それでもう、参りましたら、その、まだかまだか、と言いよるけん。
あれを一遍書き写しましてから、貸したが最後返ってこんですから、その書き写してしもうて、そしてあちらへ持ってまいりまして、今月号のあちらの「いずみ」と言う月刊誌を代わりに送って来ておられます。と言うて来ておりましたがですね。ほんとに心有る人ね。ほんとにお道の信心に、これではいけんと例えば思うておる人達が、私は願いを本気で繰り返し読まれたらです、それは頂きつけにゃ分かりませんもんね。
私の話なんかと言うのは特にそのあくが強いと言うか、なかなか分かりにくいと思うのですけれども、合楽の人で分かることそれがそのまま活字になっておるのですから、とてもなおさら分からないだろうと思う。先日はある飯塚のじゃないあそこは嘉穂郡の方からですね、根賀以を送ってくれと言う、そしてそれを読ませて頂いておかげを受けておる事実。これを誰々どこどこにも配って上げたい。毎月送って欲しい。五部ずつ送って欲しい。もう近所にも勧めて勧誘したい、と言った様なこと言うてきて。
その言わば根賀以をぼちぼち認めて下さっておられる向きがございます。ですから皆さん自身がです、あの根賀以と言うものを、勿論あれで良いとは思われませんね。けれども、それを育てて行く意味合いにおきましてでもですね。そしてこれが十年後に、ニ十年後にこれはもう宝物のような、私は新聞になると私は確信いたします。ですからそういう意味でですね、現在五百部できておるのに、百部ぐらいしかこの購読者がない。一万二千何百円要るのに、ニ千円ぐらいしか収入が入っていないのです。
それに例えば郵送料なんかは、もうこちらがサービスしとりますから、やっぱり一万何千、一万一、ニ千円ずつは、だからその赤字です。だからこれはまあ、その分職としてですだいね。そのくらいだけ犠牲を払ってもよい、と言う事でもありますけれどもね。皆さんのそれが余分な物を買ってじゃない。それだけ値打ちのある物を値打ちのある物たらしめる為にですね、皆さんが奉賛して頂いたり。
はそれに応援を送って下さると言う事がですね、それに携わっておる人達だけではない。ここの信心の成長にも役立つ事だと思うのです。で先ほどお聞き落としがあっとったかもしれんからと思って、もう一回申し上げましたんですがね。どうぞ皆さんの知り合い。ね。送って上げられたりお導き用にお使い下さってですね。もっともっとせめてここの信者内で五百部、五百ですからその半分ぐらいは、このいけるようになるとね、と私は願っておるのでございますけれども。
どうぞその点もよろしくお願いいたします。31日がいよいよ言わば、お月次祭は今日は最後でしたけれども。31日これは元旦祭の前夜祭にもあたります。ね。同時に一年中の、まあ昔は「大祓式」と言うておった「大祓式」にあたります。ね。私といたしましては、この除夜祭はです、一年中のお詫びを持って締めくくらしてもろうてね、許されたというような清々しい心で、新たな年を迎えさして頂く為のお祭り。
そういうこもごもの思いを込めてのお祭りでございます。どうぞ皆さん、今からお繰り合わせを願われてね、せめてもう2時、3時までぐらいにはね、一年中の正月の全部の全てが終わっておって、夕方も早うお参りをできるようなね、お繰り合わせを今からお願いにならせて頂いてそしてもうほんとに、今は勢を揃えてお詫びのお祭りを奉仕したいと思うております。
どうぞよろしゅう。